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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)2510号 判決

原告 南隅昇

被告 東亜石油株式会社

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、双方の申立

原告は、

「被告会社の昭和三二年三月一九日開催の臨時株主総会における『昭和三二年六月一日を払込期日として新たに発行する額面及び発行価格一株各金五〇円の記名式額面普通株式一、五六〇万株中、一二〇万株の引受権を同会社の役員及び従業員に与える。』旨の決議を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求め、被告は、

「原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求めた。

二、請求原因

1、被告会社は、昭和三二年三月一九日開催の臨時株主総会において、請求の趣旨第一項記載の決議をなした。

2、しかし、右決議は、次のとおり、その方法が法令に違反し、又内容が著しく不公正である。

(一)  決議の方法についての違法

本件株主総会において、株主以外の者に新株引受権を与える決議をするに先だち、商法二八〇条の二第二項後段所定の理由開示がなされた。

しかし、その開示された理由は、「被告会社の役員及び従業員の功績労苦に報いるため」という極めて形式的なものであり、法の要求する理由の開示としては不十分である。即ち、同条項により開示されるべき理由とは、原則として、新株発行による会社資金調達の必要があること、または、特殊な場合として、例えば、役員従業員の勤勉労苦にも拘らずその給料賞与が同種会社に比して著しく低く、株主と同様会社のために犠牲をはらつて来た関係上、どうしても役員従業員に新株引受権を与える必要があることなどの事例が考えられるが、いずれの場合にも、株主以外の者に新株引受権を与えることの必要性を全株主に納得させるに足る具体的な理由でなければならない。ところが、本件株主総会において開示された理由は、会社の資金調達上の必要とは関係のないところであり、また株主以外の役員従業員にどうしても新株引受権を与える必要があるという具体的特殊事情が何等述べられていない(なお、役員従業員に与えられるべき新株引受権一二〇万株のうち六〇万株が同会社代表取締役近藤光正に割り当てられることは、本件決議当時すでに取締役会できまつていたのであるが、右理由開示の時、この事実は全然説明されていない。この点からしても、同理由開示は不十分であるといわざるを得ない。)従つて、本件総会における理由開示は不適法である。

(二)  決議内容の不公正

(1)  本件総会当時における被告会社の株式の市場価格は、一株につき一七九円であつた。ところが、新株の払込金額は一株五〇円であるから、その差額は、新株引受権を与えられた役員従業員に贈与されたものに等しい。

そもそも、株式会社の財産は、株主の権利に帰属するのであるから、何時合理的な理由がないのに、株主以外の者に新株引受権を与え、その結果それらの者に会社財産を贈与するに等しいような決議は、株主の権利を侵害するものであり、著しく不公正な決議というべきである。

(2)  前記のとおり、新株の発行価格一株五〇円というのは、一株一七九円の市場価格に比し甚だしく低い不公正な価格というべく、従つて、右発行価格を承認した本件決議は、この点においても著しく不公正な内容を有するものである。

3、原告は、被告会社の三一〇株の株主であるが、前記決議方法の違法及び決議内容の著しい不公正を理由として、右決議の取消を求める(商法二四七条所定の決議取消原因には、決議内容の著しい不公正も含むものと解する。)。

三、被告の答弁

1、請求原因1、は認める。同2、のうち、本件株主総会において、原告主張のような趣旨の理由開示がなされたことは認めるが(ただし、右理由開示に当つては、「役員従業員が同会社の『生えぬき』として多年会社と労苦を共にし、特に中堅層は終戦後の物価急騰の折にも低賃金に甘んじて会社の再建に努力して来たが、事業の拡充に追われてその労苦に報い得なかつたこと、及び今回これらの者に新株引受権を与えて謝意を表することができれば、その他の全従業員までが愛社心を深め、より一層事業の発展に協力し将来業界が不況となつても資金調達の温床となり、結局株主の利益を増進することになる。」旨の説明を懇切に行つたのである。)、その余は争う。同3、のうち、原告が被告会社の三一〇株の株主であることは認めるが、その余は争う。

2、商法二八〇条の二第二項が、株主総会において、「株主以外の者に新株の引受権を与うることを必要とする理由」の開示を要求している趣旨は、株主の判断の資料を提供することにあり、株主以外の者に新株引受権を附与するか否かは結局総会の決議をまつほかないのであるから、原告主張のように、客観的に合理的な理由を開示しなければならぬいわれはなく、一応の相当理由を開示すれば足りるものと解すべきである。

まして、本件のように、役員従業員に一部の新株引受権を附与し、事業経営により一層の協力を求めることは、資金調達上の必要から金融機関に新株引受権を与える場合と、その合理的根拠を有することにおいて何等の相違もないのである。

理由

まず、本件訴の利益の有無につき、職権を以て判断する。

思うに、本件株主総会において決議された新株式がすでに発行ずみであることは、弁論の全趣旨により認められるけれども、右決議を取り消しても、新株の発行を無効ならしめるものではないから、本訴を新株発行無効の訴と解して訴の利益を認める余地は存しない。

また、株主以外の者に新株引受権を与えるにつきなされた株主総会決議取消の確定判決を得るならば、その結果、新株引受権のない者に公募価格より有利な条件で新株を与えたことになるから、その差額だけ不当に安い価格で発行したことによる取締役の責任が生じ、あるいは、取締役と通謀して著しく不公正な価格で新株を引き受けた役員従業員に対しても公募価格との差額を追徴できる筋合であるから、右取締役及び新株引受人等に対する責任追及の前提として、本件決議取消の訴を提起する利益があるかどうかが問題となるけれども、当裁判所は、やはりこの場合も訴の利益がないものと解する。

けだし、右の理由に従い取締役の責任を追及するためには、本件株主総会において商法第二八〇条の二第二項後設所定の理由開示が適法になされなかつたこと等、同決議の成立手続に瑕疵が存すること、もしその瑕疵が存しなかつたならば、本件決議が可決されるに至らなかつたであろうこと、ところが取締役が右瑕疵を看過し、同決議により新株引受権を与え新株を発行した結果会社に損害を生じたこと等を主張すれば足りるのであつて、右総会の決議を取り消すまでの必要は存しないからである(株式総会の決議の成立手続に瑕疵があることを理由に、決議の効力を否定するためには、商法二四七条の訴によらなければならないけれども、決議の効力自体は争うことはなく、ただ決議の成立手続に瑕疵が存したという事実を主張するについては、同条の適用がないものと解する。

従つて、決議の日から三月内に決議取消の訴が提起されなかつた場合でも、右瑕疵の存在については主張できることとなる。)。以上の理は、著しく不公正な価格で新株を引受けた者に対して責任を追及するについても妥当するから、結局、この場合にも本件訴の利益は存しないものといわざるを得ない。

以上のとおり、本件訴はその利益を欠くものであるから、これを不適法として却下することとし、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野啓蔵 宍戸清七 小谷卓男)

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